オーナーママプロフィール

美瓲ぶっふぃ
店舗開店の経歴

2004年
ミックスバー スマイルビューティー
2007年
ショークラブ もっと…スマイルビューティ
2009年
おねぇボーイズ ゑんじぇる 
2010年
沖縄宮古島小居酒屋 もっちゅら
2012年
バー「蝶」
2013年
うどん屋「辰」
同年
LGBTファッション ベイビーV
2015年
大阪北新地 ゑんじぇる
同年
ミックスバー もっぷり
2017年
もっすま北野坂店舗拡大移転
同年
バー「ルームス」
2021年
会員制バー 當門

2022年
1月よりマジックやショーを楽しめる
海老しゃぶダイニング
もっすまへとパワーアップ

私の活動

亀岡市にてパートナーシップ制度
導入に向けてのお手伝い。

社会的弱者への支援・生活困窮者の
駆け込み寺としての役割。

LGBTの性自認と社会に出る準備の協力や支援。

性転換手術ではなく
「性別適合手術」であるという認知を広げる。


早急に取り組むべき課題

差別的とも取られる扱いや
腫れ物に触るような扱い

 特別気を使われる事による心理的距離など
このような扱いは逆効果。
健常者と同等の扱いが当事者を救う。

 新たな性「Q」による性自認の確立や必要性。
思春期や成長過程における性自認の自立の重要性。

性が選べる時代になったとしても
正しい選択を出来る自己の確立。
※場合によっては社会においての
大きなネグレクトにつながる。

パートナーとしての生き方。
 病院、入院や立ち合いにおいても
家族以外立ち合い出来ない事による問題。
不動産の契約や保険、老後や遺産相続など
公的な手続きの改善。

人生略歴

19XX年 兵庫県尼崎市の
塚口病院にて生まれる。
5歳まで尼崎で祖父母に
愛情いっぱい育てられる。

5歳以降母親に引き取られ、
5歳までの生活とは真逆の生活を送る。
弟二人男三人兄弟、年の離れた弟を
母親代わりに育てる。

中学一年生で高校生のフリをして
初のアルバイト、大阪の江戸前寿司で働く。
中学二年生で一人暮らしを始める。

早朝三時半より新聞配達、朝昼夕との
喫茶店・ラーメン屋を掛け持つ。
手取りはいいが危険も伴う
とび職・建設業なども経験。
中学校を卒業し受験をすることなく
理髪店へ就職。

月手取り10万弱生活できるわけもなく
夜と掛け持ち、深夜の高級ラウンジでの
黒服として働く。

それでもフルに働いても月20万弱、
その後黒服として経験を積み
ホストへと転向。

2年ほどで体を壊し夜職1本に。
その後営業職や的屋業などを転々。

 

その後堂山町の老舗ゲイバー
「サントノーレ」にてチーママを経験後、

北新地現「メゾンド多久子」にて
下積みを積み、現在のお店をオープン。

現在のお店を営みながら、今も北新地や
銀座の高級クラブなどで経験を積み
現在に至る。

私の性自認について

幼少期父親が居ないことでの
男性への憧れ
中学一年生のころ祖父が亡くなり
甘えられる男性が居なくなる。

中学時代に弟が施設に預けられる事になり
自由な時間ができた事により
やんちゃをはじめ、いわゆる
「ヤンキー」と呼ばれる先輩たちに可愛がられ
その当時の先輩に恋心を
抱いた事がきっかけである。

当時男性への憧れは病気だと思い、
内心では自分が同性愛者という事を
否定していた。

当時時代はミスターレディブームの
真っただ中で、テレビを見て
「いつか自分もこういう風になるのかな。」
と思っていた。

同時に、相談する場所や人も無く
生きづらさから自殺も考えた。

 

ホストとして働きだし、なぜ自分がホストとして
勤められたのかと考えると
それも同僚に会うのが楽しく今となって思うと
それも恋心であった。

女性性を持つ方たちとは比較的
親しくなりやすく
恋人と間違われる事もあった。
しかしその理由においては、同性のような
感覚で親しみやすかったからだと推測される。

17歳の頃にサントノーレという
ゲイバーに努め、性についての相談を
受けることもしばしあり社会においての
生きづらさなどの相談に乗自分の存在意義を知る。

その上で私は自らの性をLGBTにおいての
ゲイであると公言する。

講演会への参加・出張

亀岡市をはじめ、全国での活動
神戸の各講演会へも出張しております。

ジェンダーフリーの理念をはじめとして
不当な格差の無い社会の実現を
目指しておりますので講演会のお仕事も
ご依頼お待ちしております。

お問い合わせはこちらのメールフォームより
「講演会について」とお尋ね下さい。

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